CURONECOMIC 103

CRONECOMIC103s

PICTURE DIARY 0805SU2016

PD20160508s
服の虫干しをする。光と風を受け、はらんで服が軽くなる。夕方、助手Aと新宿伊勢丹のミラーズポップアップショップの搬出をする。鈴木茂兵衛商店、すずも提灯も今日搬出なのでお互いエールの交換。

PICTURE DIARY 0705SA2016

PD20160507s
新宿伊勢丹ミラーズ応援販売。貴重な体験。帰りにS堂で額とスケッチブック、ポートフォリオのファイルなど。額は取り寄せ、スケッチブックはレジが長蛇の列で諦め、空いていた別フロアのファイルだけ買う。どのフロアで精算しても良いシステムだとありがたいのだが。閉館間際のThe Artcomplex Center of Tokyoに立ち寄る。作品の数々を流し見する。

PICTURE DIARY 0605FR2016

PD20160506s
気が付くと猫背になっている。仕事柄姿勢がどうにも猫になる。猫に対して親近感を持つ理由のうちの一つである。背筋を伸ばすと気持ちがいい。背骨に気が通り呼吸が深くなる。絵を描くには呼吸が大切なので深い呼吸は絵を整える。線を引く時には息を止めているので、長いストロークの線を引くには、ゆったりと穏やかな心持ちと呼吸法が要る。

PICTURE DIARY 0505TH2016

PD20160505s
予定されていたベレゾフスキーが体調不良で来日せず、代わりにフランス期待の若きレミ・ジュニエが立つ。ベートーヴェンの月光、日本人が荒城の月を歌うようにフランスの月光を奏でる。美しい解釈だ。

PICTURE DIARY 0405WE2016

PD20160604s
東京国際フォーラムへ。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン。ルネサンスの歌と合唱を小さなホールで聴く。親密な空気が音楽を面白くする。

PICTURE DIARY 0305TU2016

PD20160503s
星のアトリエの鉢植えの薔薇が咲いた。蕾が膨らんでいつ弾けるかと思っていた。蕾が赤だったので、去年咲いた薔薇は赤だったかな、と何となく考えていたが、今日可憐なオレンジ色の薔薇を見て、オレンジ色だったのを思い出す。本当に僕の記憶はいつもあやふやだ。カメラを持ち出して写真を撮るが、薔薇の可憐が写らない。写真はままならない。頭の中でイメージは出来ているのだが、その通りには写らない。何か奇蹟が起きて、もちろんそれ以上になることもない。絵を描く方が簡単だとは言わないが、少なくとも写真より得意だと実感する。

PICTURE DIARY 0205MO2016

PD20160602s
以前、星のアトリエに籍を置いていたM夫人が、結婚記念日とお坊ちゃんの七五三を兼ねて、こどもの日が近いこともあり、好物のお菓子など持ち遊びに来てくれる。お坊ちゃんは食べやすいように、助手Aがひとくち大に切り分けた柏餅を、なぜか助手Aの目を盗むようににして2つ平らげ、食べるときにはいただきますでしょう、と教える母の声に、はにかんだようすで従わず、きな粉をまぶしたドーナツを1つ賞味し、美味しい、という顔を見せて母であるM夫人を見上げた。さらに母親がバッグに携帯しているはずのキャンディをそれとなくねだり、合計4個可愛いお口に放り込んで舐めたが、5個目は床に落としてしまい、拾い上げてキャンディの袋に戻した。キャンプに来ていると思えばいい。

PICTURE DIARY 0105SU2016

PD20160501s
手紙を書いていたら夜になり、本局の窓口へ持って行き82円切手を買うのだが、結構人が並んでいて時間がかかる。切手を買うときに適当な記念切手があればと思っていたが、夜間の窓口で82円切手の種類を訊ねるのも迷惑なことと、なすがままにと決めた。番が回って来て82円切手をくださいと言うと、案の定梅の絵の切手が出て来た。列で待つ人を思うと、他に季節に相応しいものはないかとも言い難く、梅や桜は好きな人の多い花なので良しとして、素直に受け取り貼って投函した。選択する自由が円滑に運べると嬉しい。事前に確認して記念切手のどれそれと言えれば良かったかも知れない。今時は郵便物に貼る切手にこだわる人は少ないだろうか。やはり少しだけ何か中途半端なことをした気持ちが残る。連休中の道は空いていて気持ち良い。

PICTURE DIARY 2804TH2016

PD20160428s
叔父を訪ねる。漢文に傾倒した経緯を伺う。戦前、戦中、戦後にかけての動乱の時代、漢文を学問した亡父と叔父、今では当時をにこやかに語る顔だが、遠くを見るように時折煙る様子は、並みではない労苦があったと想像する。漢書を中心に、沢山の書物があるので、文庫が開けないかと思うほど。先ずは書庫を整理して、家族の図書室を持てるようにしたらどうだろうかと今再び考える。