PICTURE DIARY 2504WE2012


水戸へ行く。茨城県総合福祉会館で開催中の水戸書芸院、深見紅雨先生の主催する「書契」誌友展を見に寄る。紅雨先生は書家、故深見子浩師の弟子であり妻であった方で、ご自身が書道家になろうとは全く思いもしなかったとおっしゃる。子を育て、ただ良き妻であろうとなさったが、にこやかで大らかであったと言う子浩先生の傍らに生きて、その見識と書に向かう気迫とを自然に会得なさったと思える。紅雨先生は、元来明るくお茶目で可憐な方である。その書には先生の本質的な性向と、激しく厳しい表情が顔を覗かせて楽しいと同時に鋭い。仲間展として学生、初心者の作品も多く展示されており、そこには子供たちの自由が感じられる書が興味深い。尋ねると、先生と話をしながら書くのだそうで、例えば「風」という文字であるならどんな風か、顔に当たり気持ちが良いとか、風に乗って空を飛びたいなど、その字をイメージして会話をしながら書くようにすると言うことだ。創造性と創作力を引き出すとても面白い試みだと思う。書に向かう時、筆に墨を含ませて紙に接する一瞬に、それまでの人生の全てをかける。鈴木茂兵衛商店へ。SUZUMO CHOCHINのパッケージと新しい提灯の製作に向けての打ち合せ。良いアイディアが降ってきますように。


PICTURE DIARY 2404TU2012


渋谷ヒカリエ内覧会。BEAMS LIGHTS渋谷ヒカリエ店のプレオープン。先日オープンしたお台場のDIVER CITY店と同様に、こちらのお店にも壁画が飾られている。ただし、こちらはスペースが4mと横に長く、DIVER CITY店よりも大きな画面になる。お世話になっているBEAMS社のスタッフの皆さんや、ショップスタッフの皆さんに会いお礼や感謝とおめでとうを伝える。星のアトリエのサンルームのガラス扉に補助錠を取り付けようと鍵屋さんを呼んだ。まずは下見をしてもらって取り付けが可能なのかどうかだ。全体がアルミニウムや鉄などの金属の扉であれば取り付けは簡単だと言うことだが、星のアトリエのようにガラス扉でフレームがアルミニウムなどの場合、フレームの幅が広くはなく取り付けの困難な場合が多いそうで、星のアトリエの場合もどうやらギリギリらしい。アルミニウムのフレームの内側にガラスの見切れた部分が入っているのだが、取り付けたい錠のネジが多分そのガラスのエッジに当たるであろうと思われる。かなりギリギリでセーフかも知れず、フレームの内部を調べたり計測したりするが、取り付けに際して鍵屋さんは大いに悩んで悩んで最後に「こわいんです・・・」と舞台の台詞のように哀しげに言うものだから僕は可笑しくて笑い出しそうになった。


PICTURE DIARY 2304FR2012


雨が続いて寒さが戻って来た感じ。今描き始めた絵は、Coolie’s Creekで4月30日から開催される忌野清志郎追悼展のためのもの。今回で4回目の追悼展になる。無礼者の音楽隊のパレード。心からの声と音楽を求めて音楽隊に付いて行く。音楽隊は行く。見たもの、聴いたもの、感じたもの、見たいもの、聴きたいもの、感じたいものを奏で歌い踊り歩く。だけど無礼者なんだ。ロックンロールとロックバンド。ロックンローラーはいい子じゃない。パレードに付いて行っちゃいけない。溝の中からスターに憧れて星空を見上げる鼠は悪い子だと言われる。パレードに付いて行っちゃいけない。星は輝き煌めき、美しいものはネズミの眼に美しく映る。ネズミはロックンローラーに憧れ、スターになろうと溝から這い上がる。星の光にすくい上げられる。いけないか?ロックンローラーはいい子じゃない。無礼者。無礼者の音楽など誰も聴きはしない。ただ心からの声と音楽を求めてパレードに付いて行く。星の光が煌めいて消える。星の光が消えては煌めく。


PICTURE DIARY 2204FR2012


多くの人々の子供の頃に描いた絵には、小学校の写生会などで、または夏休みの絵日記の絵の中で、画用紙のどこかに黄色や橙色や赤色の太陽を描く事が多い。僕はそんな子供のように太陽そのものを、あるいは太陽を擬人化し、象徴的な太陽の天使、太陽の天馬として描く。太陽は信仰の対象として世界の各地で崇められ、あるいは畏怖されている。宗教や信仰とは関係無く、太陽はこの世界にとって一番大切な存在だ。あまりに当たり前に重要なのでつい忘れてしまう程に。我々は太陽に背く事、反する事をしてはならないのではないかと考える。自然天然の摂理に沿って生き守らなければならない事、それらに逆らう事はどの様な結果を生むのだろうか。人の行いのなかで自然天然の力に反すると思う物事、事象については熟考し再考すべきだろう。太陽は知っている。5月21日には太陽と月が重なる「金環日食」が日本では25年振りに見られる。夏にかけては、金星が太陽、月に重なる現象もあるという。太陽のS極とN極が入れ代わるということも。ニュースによると5月にも太陽の磁場が反転し、北極と南極にN極=プラス磁場。赤道付近に二つのS曲=マイナス磁場が生まれる「4極構造」に変化し、太陽が冬眠するという。見物人が居ようが居まいが宇宙の永遠のパフォーマンスは続く。人は地球にとって宇宙にとってどのような存在なのだろうか。


PICTURE DIARY 2104SA2012


休養日。身体を休めメンテナンスする。仕事の性質が身体的肉体的にアクティブでは無いのでどうしても運動不足になる。ゆっくり半身浴してリラックスする。ゆっくり食事をしてさらにリラックスする。好きな音楽を聴きぼんやりとして、新しい本を読み始める。精神的アクティビティ。精神的頭脳的には運動過多。作品製作のトータルなテーマ「未来神話」。未来の神話、未来への神話。神話とは何か。歴史と神話との違いは。世界各地の神話の類似性について。神話に語られる宇宙の始めについて。民族や国々の起源や文化の始まりについて。超自然的な神々の所業や英雄と怪物たち。広く知られてはいるが根拠の無い荒唐無稽と思える話。古代、言語というコミュニケーションのシンボルが生まれて、人間が語り伝えて来た勝利者の歴史のこと。広く知られていて根拠も無いのに関わらず、絶対的なことと信じられている出来事の数々。我々は神話の一部になり得るのか、神話になりたいのか、既に神話なのか。


PICTURE DIARY 2004FR2012


マキコ会と称して焼き鳥の店で草鍋の会。美大時代の友人マキコさんはニューヨークから仕事で時々日本に来る。同様に美大時代、そして福生ハウス時代を知るチズコさんと、これもまた同様に古くからの友人オオスミちゃんの四人で集まる。オオスミちゃんの切れの鋭く、時として重厚な、ずっしりと腰にくるけどそれでいて軽やかな、えげつない下ネタなどでいつもならもっと盛り上がる所かも知れないけれど、ナギちゃんが来れなくなったこともあって、今夜は少し静かな集いだったかな。今のこの国や世界の現実、未来に薄暗い影のような、ヴェールを被ったようにえも言えぬ不快感がある。そんな不安感を吹き飛ばすような酒や歌声が必要な時では無いのだろうか。僕らの世代は先の大戦が終息して、約10年後の、日本という国が敗戦から復興への力を見せ始めて安定した頃に生まれ、大きな不自由や不便も無く恵まれた中で育って来た。今の世の状況は、あらゆる点で戦争状態にも例えられるような厳しい様相を表していると思える。次の世代のための橋渡しをせねばならない。


PICTURE DIARY 1904TH2012


フランス祭りと称して、昨日仕入れたフランス産の食材を中心にした夕食。超特大のフランス産白アスパラガス2本は歯切れのシャキッとしたセンイ質、やはりフランス産のしっかりとした人参と小玉ネギ、京都のまろやかにパリッとした食感のサヤエンドウ、ジャンポール・エヴァンのアプリコットジャム、鳥昌のもも肉、小豆入りの玄米スープ、パリで一番になったバケットは薄めにスライスしてそのまま、フランス産のいい柔らかさになった白い干しイチジク、フランス産ムラサキキノコはエノキタケに似ているけれど独特の香り。フランス産山羊のチーズ、シェーブル。なんでもないスパークリング・ワイン、フランスの田舎のチョコレート、クランチしてパイ生地に混ぜられたアーモンドとヘーゼルナッツ入り。各種食材を自由に組み合わせて、笑顔と美味しい物の幸せをいただく。


PICTURE DIARY 1804WE2012


風の薫る季節に入って来た。住宅街を歩くと、家々の庭に植えられた樹木が若々しくあおい香りを風に乗せて運ばせる。庭の木の名前は知らない。白い花をつけた枝を、老人が拝むように植木ばさみで切ろうとしている。背の届く低い位置に幾本かの花を咲かせた枝があり、どこを、どのように切ったら良いか迷うのだ。ややあってここと思う所を優しく労るようにいただく。きっとご自分の部屋の一番大切な所に生けるのだろう。花はそうして生けられて生きるものでもある。野にある花を野にあるがままに眺めるのは好きだ。雑草もむやみに抜くのではなくて、手入れをしているかしていないのかよく解らないような状態を好む。美しく整えられていてもこれ見よがしなのは好きではないし、かと言ってまるで手入れがなされていない風なのはより好まない。何につけてもそのような適当が良いとする、そんな癖があり、机の上や仕事場の片付け方整え方もしてあるようなしていないような、しかし、全てに手と手入れが行き届いている状態が最上だと感じる。綺麗に整理整頓されているのは面白くない。気持ちは良いけれども、神経質な気持ちのよさを感じる事が多い。ただ、その様な神経質も楽しい。何かやどれかに決めてしまう事が一番つまらないと思う。決めるのも自由だし決めないのも自由。自由が貴い。


PICTURE DIARY 1704TU2012


FBで佐久間正英氏がPLASTIXの本格的な結成と活動を呼び掛けた。すぐにTAKUYA氏と続いて中西俊夫氏が賛意を示し、リンダ嬢、佐久間音弥氏、屋敷豪太氏のメンバーでサマーフェスティバル、ワールドツアー、レコーディングと言う目標に向けてスタートする事になった様だ。12日の佐久間氏のステージでは、色々な発見や驚き興奮があった。ロックミュージックとパフォーマンスの真髄を感じた。中でもPLASTIXのステージは同時代を過ごした者としてより興味深く強い期待を持って接したものだが、予想を上回り無邪気に楽しめた。ステージ終了後のバックステージでTAKUYA氏にPLASTIXでの姿が様になっていたと言ったら、PLASTIXでギターを弾くのが楽しいと嬉しそうだった。リンダ嬢も感と才能がある。FBで佐久間氏が呼び掛けたバンドやろうぜ。信じがたいスピードで進んでいるがPLASTIXはPLASTIXであってPLASTICSではない。楽しみだ。お台場DIVER CITY、BEAMS LIGHTS旗艦店のプレオープン。明るく若々しい印象の店だ。我がDOVEテキスタイルやBとLのレターデザインを使用したカットソーのワンピース、ジャケット、ストールなど我々が関わった服やアクセサリーのデビューでもある。レジカウンターの背後の壁にはBEAMS LIGHTSのコンセプト、「旅」をテーマにして描いた絵が額に入って飾られている。旅に出ること、そして人生とは冒険だ。船出を祝う、そしてありがとう。kikiギャラリーではFPM田中知之氏のブランド、LISTの展示会を開催中。パートナーの中辻氏のFULL COUNTと共に。上質で手の込んだ製品の数々に、腰が据わったパワーを感じた。LISTのライダースジャケットは逸品。


PICTURE DIARY 1604MO2012


読んでいる本は短編集で、とても面白いのだけれども、強い印象を持ちながらゆったりと包むスピード感があって気持ち良い反面、奇妙な奈落を持っていて、多分、それは著者が日本の魂や心、そして文化を良く知った気高いフランス人だと言うのが理由だと思え、格別な感性に対する好奇心と興味は尽きないが、しかし二度読むのを中断した。今の自分には静かで密やかだが、しかし容赦のない許容を超えた情緒の奔流が悲しく苦しい。一度目はせっかく知り合った事だし、短編集の最初の幾つかの物語の中には、こんな風な読後の寂寞は許そうと考えて再び読み始めることにしたが、その寂寞感や哀しみのメロディーは、僕と活字の間の空間を去ることは無かった。そして、二度目の中断。滅多にあることでは無いが、読み終える事の無い本になるのかも知れないと思う。重苦しい音符は今の自分の弱った部分に折り重なるように積もる。多分もしも著者に会うことがあるとすれば、中断した本との距離に変化が訪れるのだろうと思う。あるいはもちろん受容する僕自身の変化の時を待つことで。アルバムAngelをCDの山から取り出して久し振りに聴いてみた。dip in the poolとの2曲。「Heven’s Above」と「Sora to Umi」特にこの2曲は今この時の曲だと思う。佐久間正英氏との2曲「Angel’s War」と「Lovely View」には、自分のアルバムからとは言えども今更ながらに心を動かされ、軽くあまりにも深淵な音像に驚く。このことによって、中断した本と今日の僕の行方はつなぎ止められた。